Neo Culture #Journal

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ある文化がある異文化を受容するには、母体となる文化においての既成概念の破壊と伝統の再構築が必要となる。 Neo Cultureは、その過程を人為的かつ局所的に再現しようとする、一種の実験である。webページ: horizon.boston

インドのヒンディー語話者ヒンドゥー教徒の人たちのカレー料理の名称と見た目の関係性

 インドカレーを習得するにあたって、ほぼ全員がぶち当たるであろう壁がある。同じ名前の料理でも、例えばグーグルで検索してみるとレシピが全然違うどころか、見た目も全然違う。一体どれがその料理の正解なのか、それが分からない。という壁である。なぜ同じ料理なのにレシピはもちろん、見た目が全く違う料理が存在しているのであろうか。その理由を考えてみたい。

 

前提:

 インドはとても広く、宗教も言語もさまざまである。本編ではヒンディー語のヒンドゥー教徒の料理についての考察である。例えば、イスラム教徒の人たちはヒンドゥー教徒の人たちとは異なる食文化を持つため、当てはまらないケースが多く出てくる。またケースがヒンディー語に限定されている理由であるが、それは例えばタミル・ナードゥ州のタミル語は私は分からない。というかヒンディー語以外のインドの言語は食材の単語や簡単な料理名以外は全然知らないので、深掘りできないという言葉の壁問題が理由である。

 

1.料理のネーミング

 まず最初に、インドのヒンディー語話者ヒンドゥー教徒の人たちが日々作り食べているカレー料理はどのようにネーミングされているのだろうか。これにはいくつかのパターンが存在している。

 

①食材の名前がそのまま料理名になる

②メインで使用される食材の名前+状態を表す語で料理名とする

③メインで使用される食材の名前+味を表す語で料理名とする

④メインで使用される食材の名前+調理器具の名称で料理名とする

⑤メインで使用される食材の名前+カレー

⑥外国や地方の名前+メインで使用される食材の名前で料理名とする

➆その他、個人やお店によって命名された特殊な料理名

 

料理の名称はおよそこの7つのパターンのどれかに当てはまることが多い。そしてそれらの料理名に、さらに必要に応じて下記の要素を料理名にくっつけて他の同名の料理と差別化を図ることがある。またここで差別化に使用される単語の品詞は形容詞や、形容詞的用法をされる名詞であるが、これにはヒンディー語だけでなく英語も頻繁に用いられ、デーヴァ・ナーガリー文字を使って表記されていても実際読んでみると英単語であったりすることもよくある。

 

〇レストランスタイル、ダバスタイル、ホームスタイルと言った調理スタイル 

 例: レストランスタイル・チキンカレー、ダバスタイル・チャナマサラ、ホームスタイル・マトンジョル

 

〇パンディットスタイルやシャヒなど称号や地位、階級を表す名詞や形容詞

 例: ムルグシャヒジャール、マトンローガンジョシュ・カシミールパンディットスタイル

 

〇地域名

 例: デラドゥンスタイル・チキンマサラ、ベンガリ・マトンブナ

 

 

2.それぞれの詳細

では次に①~➆のそれぞれの具体例を見ていこうと思う。

 

①食材の名前がそのまま料理名になるケース

サブジ: 野菜全体を表す単語であるが、これ一語で野菜を簡単に調理した副菜としての野菜料理全体も指す。単にサブジと言ったり、特定の野菜を使っていることを表現したい場合にはアル・キ・サブジ(じゃがいものサブジ)などの様に言うこともできる。

 

ダル: 挽き割りにした豆を表す単語であるが、これ一語でダルを簡単に調理したメインディッシュとしての料理全体も指す。ダルに何か他の野菜を加える場合にはDaal with mixed vegetable(ミックス野菜入りダル)やPalak Daal(ほうれん草入りダル)の様にする。

 

他にもアルゴビ(ジャガイモとカリフラワー)、アルビゴシュト(里芋とマトン)、マタールパニール(グリーンピースとパニール)など二つの食材の名前を組み合わせて料理名とするケースがインドカレーでは非常に多い。

 

②メインで使用される食材の名前+状態(もしくは状態の変化)を表す語で料理名とするケース

ブナ: ブナという単語や料理名は様々な解釈が可能であるが、原義としては「何かを深く煎られた、もしくは揚げられた、炒められた状態にすること、水気がなく干上がった状態にすること」という状態の変化を表す。なのでチキンブナと料理名にした場合には、水気がなく干上がった状態のドライタイプの料理を指すこととなる。

 ちなみにブナという単語に共通するイメージは「とにかく素材を加熱して水分を抜き(なんなら美味しそうで香ばしい香りを立てる)という状態変化を起こす」ということで、熱源も加熱方法も限定されない。それゆえ、ローストクミンはブナジーラ、フライドオニオンはブナフアピヤズの様に様々な場面で異なる意味合いとも思えるブナが登場する。しかしここで共有されているのは意味というよりもむしろイメージであることに注意する必要がある。

 

バジ: バジという単語に関しても非常に多様な解釈が可能であるが、簡単には「加熱調理された状態の野菜」全般を指すため、そこから野菜料理もバジと呼ぶようになっている。サブジ同様にこれだけでは、野菜料理ということは分かっても何を食材として使っているかが分からないので、必要に応じてカレラバジ(ゴーヤのバジ)などの様に食材の名前をくっつける。

 

ブルジ: 英語のscrambledに当たる単語と解釈される。料理名とするときには香味野菜とシンプルなスパイスで食材を炒めて作る料理を指す。エッグブルジ、マタールブルジ(グリーンピース)、パニールブルジ、マッシュルームブルジが人気。卵とグリーンピース以外の食材は細かめに切って香味野菜とスパイスと炒め合わせるため、見た目が均一に混ざった状態に仕上がり、その状態を指す単語がブルジである。ここでも、ブナ同様共有されているのが意味というよりも状態や状態の変化であるという点に注意が必要となる。

 

ジョル(ジャール): 汁気を持った状態を指す。チキンジョルなど。他にもラサ、ラス、タリワラなど、汁やジュースと言った名詞をくっつけて料理名とする似たような料理がインド中にある。ちなみにタリワラに関しては、タリが汁で-walaは「~を伴った」という状態を指す接尾辞である。

 

色の名前を料理名とするケース: ハリ(緑)を冠する、パクチーやミント、グリーンチリ、ほうれん草などの緑の食材をふんだんに用いて作る緑色のペーストを使うハリヤリ・チキンティッカ、マトン・ハリマサラなど。ラール(赤)を冠する、カシミールチリパウダーやトマトをふんだんに使用して作るラール・ムルグなど、がある。例えばラール・ムルグはバーベキュー的なものとカレー的なものとバリエーションが幅広く、もはや赤ければなんでもよく、ネーミングもレシピも作り手にすべてが委ねられている。

 

アチャーリ: アチャール風のカレー料理。チキンやエビなど、大きめにカットした食べ応えのある食材を酸味があるアチャールっぽいグレイビーで調理する料理。

 

③メインで使用される食材の名前+味を表す語で料理名とするケース

カッタ・ミータ・カッドゥ(酸っぱい・甘い・カボチャ)がわりと有名。他にも塩味を表すナムキンという単語を冠するナムキン・ゴシュト(料理としてはパキスタンっぽい)があるが、ヒンドゥー教徒の料理のネーミングとしては少し特殊系と思われ、このタイプの料理名は少ない。

 

④メインで使用される食材の名前+調理器具の名称で料理名とするケース

タワ、カダイ(カラヒィ)、ラガン等の調理器具が料理の名称として用いられる。チキンタワ、カダイマトン(マトンカラヒィ)、ラガン・カ・ムルグなど。料理名としてはレストラン料理やイスラム料理の流れを感じさせるものが多いという印象。

 

 

⑤メインで使用される食材の名前+カレーというケース

カレーという単語そのものはインドにはもともとなかったと言われているが、おそらくこのグループに属する料理名もイギリス統治時代以降に誕生したものと思われる。外国人にはとりあえず○○カレーと言っとけば通じるし、様々な言語が入り乱れているインドで、インド人同士でもとりあえず地域や人種を超えて通じる共通語の様な地位を獲得しているような雰囲気がある。インド中のほとんどすべての料理を力づくで包含してしまう超上位の概念語の様な位置づけ。

 

⑥外国や地方の名前+メインで使用される食材の名前で料理名とするケース

例えばベンガリ・チキンマサラの様に、同名の料理から差別化するために用いられることも多くあるが、ハイデラバーディ・チキンやムルグ・アフガニの様にその国や地域で生み出された独自の料理を指すケースも多い。宮廷料理の流れを感じさせることが多くある印象。

 

➆その他、個人やお店によって命名された特殊な料理名

 ざっくり言うと、〇〇スペシャルチキンやっつけ感のあるネーミングからAslam ChickenのAslam Butter Chicken(これはお店が先に言い出したのか客側が先に言い出したのかは分からないが)など、インド中に様々あるそこだけの特殊料理。

 

 

3.インド料理における調理法

 例えば日本を含め東南アジア、東アジアの料理ではメインで使用される食材の名前+調理法で料理名とするケースが非常に多くある。

 

<例>

日本: ほうれん草の煮びたし-煮びたしという調理法を用いる。

中国: 紅焼豆腐-調味料を煮詰めて色よく仕上げる紅焼という調理法を用いる。

タイ: Pad Thai-Padは炒めるという意味。

マレーシア、インドネシア: Ayam Goreng-Gorenは炒める揚げるなど油を介する調理法で、Ayam Gorengで揚げ鶏となる。

 

こういったケースでは使用する食材や調味料、料理全体で用いられる細かなテクニックは人によって違いがあれど、調理工程はそのほとんどが調理法によって規定されてしまうため、見た目は誰が作っても大体同じように仕上がる。例えばほうれん草の煮びたしは地域によって甘みが立つ場合と塩味が立つ場合と様々あるだろうが、およそ皆が想像するイメージに大きな違いは生じない。どっぷりとつゆに使った煮びたしがでてくれば、「中にはそういうのもあるかもしれないが、何か違うものか」と先に疑ってしまうだろう。茄子の揚げびたしと言った場合も同様だろうと思う。細かな違いとしては生姜やネギなどのあしらいの部分だろうか。全体がどっぷりとつゆに使った煮びたしがないとは言わないが、一般的には想像しづらい。

 ところがこれがインドカレーになると、状況が大きく変わってくる。先に解説した全てのケースで料理名に調理法が登場してこないからである。これが、同じ名前で違う見た目の料理がたくさん存在しており、レシピも人によって全く違うという現象の直接の原因である。インド料理では炒めた後に煮る、炒めた後に少量の水を加えてフタをして蒸し煮にする、揚げた後に煮込むなどの、複数の調理法を組み合わせて、しかも結局最後には煮たり蒸し焼きにする料理が多いためである。つまり先で見た東アジアの料理の様に、調理法と料理が全く対応しないので、料理を表すのに食材の名前や状態を表すような概念的な言葉を用いるしかなく、そのため食材の加熱の方法(調理法)や熱源、調理工程が何一つ規定されないのである。例えば「ブナ」と言った時も、カレー料理としてのブナの意味合いは水気が無いという状態を指しているだけなので、どのように水気がないようにするのかが分からない。「バジ」も加熱調理された野菜という意味でしかないので、野菜をバジにするには揚げようが煮ようが、他にどのような方法を用いようが加熱調理してしまえば全て「バジ」になってしまう。そしてもちろん、ブナもバジもどのように仕上げていくか、そのすべては作り手に委ねられているのである。

 パコラの様な揚げ物や、スイーツの類ではさすがにこのようなことは余りない。パコラと言えば天ぷらである。しかしパコラを使ったヨーグルトカレー、カディパコラのようにカレー料理にしてしまうといつものように話がややこしくなり、人によって見た目もレシピも全く違ってしまうというカオスが生じてしまう。

 そんな中でも唯一の例外はアチャーリだろう。カレー料理にしては本当に珍しく、同じ名前で同じような見た目の料理がほとんどなので、どのレシピを見ても個人差程度と安心して取り組める料理である。なぜなら、アチャーリとはアチャールっぽいという意味で、これそのものは調理法ではないが、アチャールという到達目標が一つ設定されているためである。

 

4.インドにおける食材の名前+調理法で料理名となるケース

 前項で登場したパコラは調理法とは言いづらいが、食材の名前+調理法で料理名となるケースはインドにもある。しかしなぜか英語由来のものが多いである。

 

ジーラフライ:

 主に青菜をクミンで炒めただけの料理。東インドやネパールで非常に人気のある副菜である。使用材料はクミンと青菜、塩だけの人もいれば、それにニンニクやたかのつめ、ちょっとした他のパウダースパイスを使う人もいて、レシピはさまざまである。しかし見た目は総じて炒め物で、マサラにどっぷりつかった青菜、みたいなイレギュラーは存在しないので、どのレシピを拾ってきても、個人差程度の違いしかないと安心できる数少ない料理である。ちなみに炒めるという動詞はヒンディー語でタルナーと言い、それを派生させてヒンディー語で「青菜炒め」の様に言うこともできるが、なぜかそのような言い方は一般的ではなく、ジーラフライと英語を交えていったり、単にサーグ(青菜)と呼ぶのみである。なぜ、ジーラフライという言い方がある程度定着したのかは分からない。またサーグと言った場合には、サブジと同じような扱いになってしまい、レシピも調理法も、何一つ規定されない世界に逆戻りしてしまう。

 

ロースト:

 エッグロースト、チキンローストなど様々な食材がローストとなる。ギーをふんだんに使ったローストを豪華版としてギーローストと読んだり、インド中で人気の高い料理である。一部地域ではローストが転訛したと思われるローシュという名称を用いる。ローシュとローストが全く別物と見ることもできるが、私はいろいろあって同一視している。英語でローストと言うと、オーブンで香ばしく焼いたものを一般的に連想するであろうが、インドでローストというと実は全く違う。インドでのローストは具材をマサラをどろどろに煮詰めて表面に油を浮かせ、その油で少し高めの温度でじりじりと具材を揚げ焼きにしていくような料理である。状態としてはブナの範疇に含まれるので、ブナと同一視する人も多くいると思われる。これはトマトをたくさん使うものや、とにかくマサラでスパイシーなもの、ヨーグルトベースの白っぽいものなどバリエーションが豊富で、ここまで書いて期待させたかもしれないが、他のカレー料理同様、同じ名前で違う見た目の料理がたくさん存在するカオスのひとかけらである。水を加えないことも一つの無水調理としてローストのレシピを規定する要素なのではないかとも言えるが、例えばギーローストも今ではタマリンドペーストを使用するために無水調理が可能であるが、最初はタマリンド水を使っていたであろうから、今時点でのことはそうだと言えても、歴史的に見るとまた違った解釈も成立してきそうである。

 

7.まとめ

 大袈裟にまとめると、インドカレーはとにかく美味しくなればどのように調理しても良い、と言える。もちろん、個人個人で見た場合は、そこまで自由には捉えておらず、こうした方が美味しいとか、こうした方が体に良いという、自身の経験や哲学、教えに従って料理を作っている人も多い。しかし私たちには、そんなバックグラウンドや文脈が一切ない中で、それでもインドカレーを習得していく。私自身は東インドやネパールの人たちと接することが多かったので、彼らの文脈の中で一貫してインド料理を習得することができた。一つの地域の料理を習得することができれば、そこは言うても地続きの世界。隣の地域は似ているし、その隣は隣の地域に似ているので、他の地域の料理の習得は一気に楽になり、料理を覚えていけばいくほどに、その楽さは加速度的に増していく。しかし、そんな経験を日本で、ましてやこのご時世で持てる人は本当に少ないのだろうと思う。であれば、いっそ外国人らしく「とにかく美味しくなればどのように調理しても良い」というスタンスに立ち、とにかくスパイスを使い、美味しいインドカレーをたくさん作っていくのが良いのではないかと思う。しかしそれにしてもランダムにあれこれ作っていっても、本当にインドカレーの習得に繋がるかは不安なので、ではどういう料理があって、それぞれにどういう意味やイメージがあるのかを明らかにしていけば、料理を体系的に、ひいては効率的に習得していく手助けになるのではないかと考えた次第である。

 ブナのイメージが分かれば、チキンブナでもマトンブナでもダルブナでもいくらでも一つのレシピから派生させていけるので、これだけでもインドカレーの習得はぐんと効率的になるだろう。しかし、インドは広い。ここで紹介した料理だけでなく、全く意味不明な料理もまだまだたくさんある。その一つが「ブナマサラ」である。チキンブナマサラと言った場合、これは一体何なのだろうか。ブナしたチキンで作ったマサラなのか、ブナしたマサラで作ったチキンマサラなのか。ブナとマサラの中間的なノリの料理なのか。この関係を読み解いて、レシピを頭の中で構築できたとしたら、あなたはもうインド人である。